第7回戦争の傷あと銘板めぐり&清掃ツアー

第7回戦争の傷あと銘板めぐり&清掃ツアー

第7回ツアーコース
円光寺つりがね堂→善兵衛ランド→水間寺(水間観音)

2013_1122_m001.jpg戦後50周年(1995年)に当り、大阪府と各自治体に設置された戦争の傷あと銘板の一つで、次の銘文が記されています。

「円光寺つりがね堂」
20131122_02_m.jpg 1945年7月10日未明、堺空襲に飛来したアメリカ軍のB29の一部が、貝塚にも焼夷弾を投下した。この時被害を受けたのは、東、海塚、中、近木、西の各地区で、家屋が炎上し死傷者を出した。特に小住宅が密集していた東地区では、約150世帯が焼け出され、死傷者が多数出た。貝塚市の死者は20数名、そのうち16名が東地区の住民であった。焼け出された人の中には、植民地支配の中で、日本で生活していた朝鮮人も含まれていた。
 円光寺つりがね堂の軒先に残る焦げ跡がその時の猛火を今に伝えている。

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   1995年11月
                                              大阪府・貝塚市
今回は、貝塚を訪ねました。参加者の感想を紹介します。
第7回“銘板めぐり”に参加して
 私は貝塚市の空襲については全くの無知でしたので、今回初めて“銘板めぐり”に参加させてもらいました。訪問先の「円光寺つりがね堂」で柱や軒先に焦げ跡が残っているのを確認して、貝塚にも空襲があったことを実感しました。
 それにしてもなぜ貝塚規模の町が焼夷弾攻撃を受けたのかその理由を思い巡らしていると、円光寺一帯は市の海側に位置し当時は軍需工場があったと長尾さん(当会常任世話人)からコメントがありました。つまり、米軍は軍需工場などの極秘情報を正確に把握しており、小都市貝塚たりとも綿密に作戦を立てて計画的に空爆したということのようです。
 銘板には1945年7月10日未明に空襲があり、朝鮮人を含む20数名の死者が出たとありました。思わず、強制連行してきた朝鮮人ではなかっただろうかと考えてしまいました。(尚、この日は堺市にも空襲[5回あったうちの4回目]があり、堺空襲最大の被害を蒙っています。)
 今回のツアーでは善兵衛ランド(貝塚市立天文台)に寄って昼間の星観察に感動し、また、水間寺を訪ねて古刹の雰囲気を味わいました。次回は岬町(潜水艦等製造地)あたりを考えているとのこと、実施されれば是非参加したいと思います。(会員T.M )

20131122_06_m.jpg宇宙と地球、戦争と平和を考える銘板めぐり
 国会では「特別秘密保護法」を制定させようと自公政権が躍起になっているおり、「戦争を絶対繰りかえさせてはいけない」という強い気持ちで、銘板めぐりに参加する。
 11月22日、秋晴れの透きとおる青空と真っ赤な紅葉のコントラストがとても美しい昼下がり、午後1時30分に南海・貝塚駅に12名が集合。三台の車に分乗し、10分たらずで円光寺に到着。まず目に入ったのはきれいに手入れされた円光寺入口の銘鈑に感激。
 19457月10日、堺の空襲と同時に貝塚にも焼夷弾が投下され家屋が炎上、その時に円光寺の釣鐘堂も類焼し、その軒先に焦げ跡が残っており、68年たった今も私たちの目にもはっきりと確認することが出来、戦争の傷跡を残し伝えることの大切さをあらためて認識する。また、銘板の文言に「焼け出された人の中には、植民地支配の中で、日本で生活していた朝鮮人も含まれていた。……」と日本の加害の部分が明記されており、維新に反撃しながら内心ほっとする。
20131122_05_m.jpg 次に訪れたのは小高い丘の上に立つ「善兵衛ランド」で、この建物は、江戸時代に日本一優れた望遠鏡を作った貝塚生まれの岩崎善兵衛さんにちなんで1992年に開館した天文施設である。その館内入り口に貝塚市民憲章が掲示させており、その一文に「 わたくしたちは、平和をつちかい、自由と平等の心むすび合うまちづくり……」とあり、私はすっかり平和のモードに浸って中に入る。とてもわかりやすい説明を聞き、望遠鏡に触れ、のぞきこんで見ると「なんと、37光年も離れた星のきらめきとゆっくり動く太陽のプロミネンス(紅炎)を見ることができるではありませんか」感動とあわせ、幼いころを思い出し、夢とロマンあふれる体験にワクワクしていた。
20131122_09_m.jpg 最後に水間寺を訪問。名の通り川のそばに建てられた古いお寺で、シーンと静まりかえった境内に立ち、目を閉じると建立された時代やその後の荒れ狂う時代、そして今に伝えるおもむきを感じることが出来き、心静かな平和を願いながら水間電車に乗り帰途につく。
20131122_11_m.jpg 「二度と戦争をおこしてはならない」という強い信念と日々の運動の大切さを学ぶことができ、わくわくする宇宙をのぞけたことは私にとってタイムリーで貴重な体験でした。ありがとう。          
 (平和委・K.Y)

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