No12 長崎県防空本部跡「立山防空壕」-長崎市被爆建造物等―

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 長崎に原爆投下された直後(8月9日)、長崎県の県や軍はどういう認識であったかを示す貴重な遺跡が、この「立山防空壕」です。永野長崎県知事は当初、防空総本部への情報伝達の内容には「ピカッと光って大きな爆音が聞こえ、広島の新型爆弾らしいものが落ちたが、管内の被害は軽微、人畜に死傷はなく、全壊家屋もない。硝子窓はみな割れ、半壊家屋は若干あったが、概ね小破損の程度だ」との報告であった。これは地元の警察からの電話情報にもとづくものであった。すぐに報告できる警察署からの第一報が原因であった。壊滅していた地域からの電話連絡などできるはずもなく、その後、徐々に被害の実相が伝わってきたようである。現地の「立山壕」にいって、はじめてその立地条件からして、このような誤った情報が伝達されたことが判明した。この「立山壕」は、長崎県の防空本部であり、県の防空施策の中心的役割を担うところであった。空襲警報が発令されると、県知事ら幹部要員が集まり、警備や救援・救護等各種応急対応の指揮、連絡手配に当っていたのである。壕内には、知事室、警察部長室、防空監視隊本部などが配置されていた。
 平成17年から被爆の実相や平和の大切さを学ぶために長崎市が整備し、見学できるようになった。

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長崎市平和・原爆総合ページ
http://nagasakipeace.jp/japanese.html

長崎の訴え

1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、長崎に投下された一発の原子爆弾により、街は壊滅的な被害を受け、多くの尊い人命が奪われました。私たち長崎市民は、この苦難を乗り越え、美しい故郷を取り戻すために努力しました。そして被爆地の使命として、核兵器による惨禍が再び繰り返されることのないよう、核兵器廃絶と恒久平和の実現を世界に訴え続けていきます。

長崎原爆資料館
〒852-8117 長崎市平野町7番8号
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立山防空壕
長崎市被爆建造物等 長崎県防空本部跡
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