原発と原爆の同異(3) ―利用する中性子速度は異なる―

原発と原爆の同異(3)―利用する中性子速度は異なる―

松山奉史

U-235は1回の核分裂で2個のnを放出すると仮定した解説図から、原発と原爆における核分裂連鎖反応は各々式ⅠとⅡで進行していることを前回に述べましたが、Ⅰ、Ⅱの反応が定常的に進行するためには実はU-235がある一定量以上に存在することが必要です。その最小値(通常、重さで表わす)を臨界量と呼びますが、この量には常に一定という定まった数値があるわけではなく、用いる条件によって様々に変わります。特に、原発の燃料体や原爆の炸薬部の形とそれらに含まれるU-235の密度(含有量)は臨界量を支配する代表的な条件になっています。形には球状、棒状、板状などがあり、密度には天然のレベル(0.7%)のものから濃縮したもの(3~5%、~20%、~100%など)まであり、どの条件を選択するかによって式Ⅰ、Ⅱが成立するための臨界量は異なるというわけです。一方、反応Ⅰ、Ⅱが進むとともにU-235が消費され数が減少していきますから、いつかU-235の量は臨界量以下になるはずです。こうなると反応Ⅰ、Ⅱはもはや維持できなくなり、連鎖反応は停止してしまいます。これが臨界という言葉の意味でもあるのです。
ところで、現在日本にある原発の大部分は軽水炉あるいは熱中性子炉と呼ばれており、原子炉のなかには軽水(通常の純粋な水)が入っています。ところが、原爆には軽水や軽水に代わる物質の存在は一切ありません。この違いはどんな理由から来ているのか知りたくなりますが、結論を言ってしまえば、実は原発でのU-235核分裂には低速中性子(熱中性子)を利用しており、原爆での核分裂には高速中性子を利用している、ということから来ています。従って、これまでよく出てきた式Ⅰ、Ⅱについては、式Ⅰ中のnは低速中性子のことであり、式Ⅱの中で記したnは高速中性子のことであると理解する必要があります。何故こうなっているのかということは、上述の臨界量を支配する形・密度と関連づけて次回に述べる予定ですが、その予備としてU-235とU-238の核的性質について少し触れておきます。
U-235は1個のnを吸収して核分裂を起こすと、厳密には平均2.42個のnを放出します。このnは約2MeVの運動エネルギーを持っており、速さは毎秒約2万km(2秒で地球を一周する)という高速のnです。これが他の原子や分子と衝突を繰り返すと衝突のたびにエネルギーを失い、ついには相手原子・分子の熱運動エネルギーに相当する運動エネルギー(約0.025eV)を持つようになり、熱中性子と呼ばれます。そのときの速さは毎秒約2.2kmという低速です(放出直後の値の約1万分の1の速さ)です。
U-235の核分裂のしやすさには「v分の1則」という法則が成立しており、nの速さが小さいほどU-235は分裂しやすくなります。この法則があるため、熱中性子に対する分裂のしやすさは高速中性子に対するしやすさの約300倍もあります。
U-238は1MeV以上の運動エネルギーを持つ高速中性子を吸収すると核分裂を起こす可能性がありますが、その値は同じエネルギーのnに対するU-235の場合の40分の1ほどなので、U-238の核分裂は起こりにくいと言え、熱中性子では全く分裂しません。但し、エネルギーが1eV~10keVの領域(共鳴領域という)にあるnを捕獲する性質があります(捕獲しても核分裂はしません)。この性質は、言わば、nを食い物にするだけの現象をもたらすため、U-238はU-235の核分裂連鎖反応にとっては邪魔な存在となります。

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