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新シリーズ

宗教者と非核・平和

NO4

「“殺すなかれ”を生きる」
日本キリスト改革派千里山教会 牧師 弓矢健児
kenji7.jpg 「小さな抵抗~殺戮を拒んだ日本兵」という題の歌集が、岩波現代文庫から出版されています。この歌集の著者である渡部良三さんは、1944年学徒出陣で中国の部隊に配属されました。しかし、軍事教練の日々を送っていたある日、上等兵の命令によって、中国人捕虜を突き刺して殺す訓練を強制されます。しかし渡部さんはクリスチャンであったため、「汝殺すなかれ」という聖書の教えに従って、捕虜を突き刺すことを拒否します。その結果、渡部さんは要注意人物とされ、敗戦を迎えるまで軍隊の中で毎日、壮絶なリンチと差別を受けることになりました。
 そうした苦難の中で、渡部さんは自分が経験した軍隊の実像を約700の歌に詠んで日本に持ち帰りました。その中に、「捕虜ひとり殺せぬ奴に何ができる』胸ぐら掴むののしり激し」、「血を吐くも飲むもならざり殴られて口に溜まるを耐えて直立不動」という歌があります。渡部さんは軍隊の中で理不尽な迫害・リンチを受けながらも、信仰の良心に従って「殺すなかれ」を生きようとしたのです。
 戦争は狂気であり、あらゆる罪と不義の塊です。戦争に正義などありません。それ故、戦争を放棄し、二度と戦争をしないことを誓った日本国憲法第九条は、世界史的人類史的な意義を持っています。どのような時代になろうとも、私たちは戦争に反対し、“殺すなかれ”を生きる者でありたいと願います。




NO3


s.jpg 私たち浄土真宗の教えでは、生きとし生けるもの全てが救われなければ、仏にならないという法蔵菩薩の誓った願い(本願)があります。全ての人が救われるための仕事が私たち宗教者に与えられた使命ではないかと、つくづく考えさせられる昨今です。
 それを具現する、つまり生きとし生けるものが平和に暮らしていける世の中に、社会を変革していくことが、今日的使命と思っています。
 ここ数年の社会の動きは保守反動、歴史修正主義に傾いているように感じます。明治以来この国の歩んできた歴史を正しく見つめ直す作業を、子供から大人までもう一度学び直しましょう。仏様の教えには、正見、正思、正語、正業、他八つの徳を実践することが説かれています。まさに正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく行うことが、今ここに生きる私たちに教えられていると思います。
 今、私が平和運動に取り組み後世に伝えたいと願うのは、この一点です。お互いに願いを一つにする世界中の人たちと連帯し、頑張りましょう
大阪宗教者平和協議会 理事 佐野彰義



NO2

『共謀罪<テロ等準備罪>』は、戦時中の治安維持法に該当するのでは?
宗教者は反対だ。

大阪宗教者平和協議会副理事長・大阪宗教者九条ネット運営委員
 小谷静良

image.jpg戦時の治安維持法は、戦後に廃止された。だが72年経過する今日、建物や器物損害補償は成されずにいる。犠牲者の名誉も回復させず、個人の国家補償もしない国、日本政府。
 その政府が同等の「テロ等準備罪<共謀罪>」を提案し、実体法として企てている。もし成文法に法律化すれば、その法は「政権」者の恣意的判断による運用、決断に期する様になる。世間社会に暴力組織や、テロ集団を取り締まる法律と説明する。世間は、三人よれば文殊の知恵で最善策が出来ると言う。しかし、政権側に立てば、三人も人が集まり世の中を批判し、政権を批判、改革世直しをする。よって政権側の私的判断で決意断行となる。犠牲者が数多出る。歴史が証明する。戦前の治安維持法を見よ。共産主義、社会主義、自由主義、超国家主義、信奉者団体を取り締まるだけでなく、世間一般社会人、宗教者も取り締まる。

(例)「大本教事件」大正十年(1921)神殿破壊、幹部逮捕。理由「三千世界の世を、立替世直し」を訴える。大正デモクラシーの世論に乗る。不敬罪、新聞紙法違反。二度目「治安維持法」違反、昭和十年(1935)ダイナマイトによる神殿爆破による破却と幹部逮捕。上記例が政権者の実体。大本教の歴史的遺産は、京都の「亀岡」と「綾部」に残存しています。市民の皆様各位はご自分の「眼」で確かめて「肌」で感じて下さい。世間の「噂」より、自分の眼で確かめる必要があります。他国ドイツのマルチン・ニーメラ牧師の告白「ナチスの共産主義弾圧も黙り込み、社会主義弾圧も黙り込み、ユダヤ人狩りも黙り込み、そして教会も弾圧されてきた」。
文献:出口栄二「大本教事件」三一新書、島田裕二「日本の十大新宗教」幻冬舎新書、高橋和巳「邪宗門 上下」河出書房


NO1

 日蓮宗はビキニ環礁での水爆実験で被爆された第五福竜丸の久保山愛吉さんが犠牲になられ、日本国民の怒りが国内に沸騰し、原水爆禁止の運動が盛り上がる中で、宗教者としてじっとしておれないという気運が上がり団扇太鼓を打っての全国縦断、唱題行脚(折鶴行脚)が実施されました。
宗門機関として立正平和運動本部が設置されました。今も有志の立正平和の会が活動しています。毎年八月六日広島で、生命を選び取る断食を行っています。
 日蓮大聖人は報恩抄の中で、「日蓮が慈悲広大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外、未来までも流るべし日本国の一切衆生の盲目を開ける功徳あり無間地獄の道をふさぎぬ。此の功徳は伝教天台にも超え龍樹が一葉にも勝れたり極楽百年の修行は穢土一日の功に及ばず。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか是れ日蓮が智の賢さにはあらず時のしからしむるのみ春は花咲き、秋は果なる夏は暖かに冬は冷たし時の然らしむるにあらずや」と申しておられます。
 諸法実相抄には、鳥と虫とは鳴けども涙落ちず、日蓮は泣かねども涙ひまなし、この涙は世間の事にはあらず、但法華経の故なり、と申しておられます。
日蓮聖人の言葉の中に与同罪という言葉があります。人が危害を加えられているのにあった時、何もしないことは同罪という考えです。
 この世に自分一人が良ければ好しとせず、世界全体が救われなければという宗教家としての大聖人の教えがあります。日蓮大聖人の流れをくむ一人の宗教者としてありたいと思って平和運動にかかわらせて頂いています。

日蓮宗 妙徳寺住職 大阪宗教者平和協議会理事長 髙木孝裕

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